あまり、テレビのワイドショーのネタ的な情報は家族共通の話題にはならないのですが、さすがに漫画家の方とテレビ局、脚本家、そして、SNSの悲劇は今日の話題になりました。
あちらこちらで炎上しているというこの話題にほとんど情報を持たないで、参加するのは避けようと思っています。
夕食のテーブルでの会話は、私たちテレビっ子と言われた世代が、どんな番組を楽しんだのか。
情報誌を頼りに名画座で映画を見て、原作を読む派か読まない派かを話したとか。
本が映画化されたら映画を見るか、見ないかとか真剣に話したとか。
そのあと、いじめがどんなことだったのかとか。
「ヒエラルキー」というか、小分け主義とでもいうか、そんなことを話しました。
家族ですから、「昔はね」も「今はね」も気にせず話せます。
普段は女子トークを黙って聞いているだけの夫ですが、今日はちょっと参加。
夫は東京の端っこ生まれ、私は千葉県の端っこ生まれ。
シニア世代で東京と近県では子供時代の変化がかなり違うはずなのですが、同じ言葉。
「面倒なことも多かったけれど、昔はみんな優しかったね。」
昔の面倒は、ちっちゃなことをやらかしても、近所中に叱られる。
大人は面倒だから、悪いことはしないし、人を気遣うとほめてもらえるというより、大人も一緒に嬉しい顔をしてくれました。
少なくとも夫と私の小学校時代の共通した環境は、席替えはほぼ担任の先生が決めました。
成績のいい子の周囲に成績が振るわない子が配置されました。
成績のいい子が振るわない子の学習に遊びと同様に付き合いました。
成績の良し悪しが結構重要だったのは、高校受験だけだったので、成績で友達は決まらなかったような気がします。
級友との関係性の距離感は、今より遠かったから、深く入り込みすぎないので、思春期のような難しい時期も何とか均衡を保ちながらいられたのかもしれません。
地方にも東京からやってきた成績が日常的に人を判断する条件に組み込まれるような雰囲気が生まれたた受験戦争時代に、少し変わったような気がしました。
今は…
一日という時間が終わることがないようですね。
ちょうど思春期少し前にスマホを持つようになり、そこにはいつでも友達がいます。
いつでも誰かの目や言葉が目玉お化けのように傍にいます。
怖いし、疲れるだろうな。
私たちは、「さようなら、またあした。」は、本当に「またあした。」でした。
大喧嘩をしても、必然的にいや~な気持ちで寝て、眠れないといいながら、やっぱり眠って、結果的にクーリングダウンしていました。
人との距離感、仕事の範疇、どれも広いグレーゾーンを持っていて、グレーのスペースはある意味共有可能スペースだったのですね。
作家が好きだと、映画で変わってしまうのが嫌だから、映画を見ないという友達も多くいました。
作家がすきだけれど、映画化された本はまだ読んでいないから、映画を見てしまった。
原作を読もうかどうしようか。
見る側はそんな気持ちでした。
きっと、作る側の方たちも映画頼りにならずに、作家のメッセージを受け取ってほしいから、本を読んで!だったことでしょう。
映画は、原作を映画としてどのように最小限の差で最大限の作品にするのかを考えていくださったような気がします。
作品への思いは未熟な若者とか、知識の有無とかにかかわらず、興行収入を上げるためだけではないものを与えてくださったことは感じていました。
もっとも、お金のなかった学生は授業をエスケープして、居場所のためだけに名画座で過ごしていたのも事実。
映画界を描いた「鎌田行進曲」の空気感は色々なところで感じたような気がします。
脳科学的には、脳の大好物が新しい情報だとか。
新しい情報が高評価されると、脳はとても嬉しい。
SNSは脳が喜べる最高の餌らしいです。
フェイクの情報だって、新しい情報なら脳は嬉しいのだそうです。
いったいコンピューターと人間は、どんな風に共存していくのでしょう。
コンピュータが脳を喜ばせ、忙しくなりすぎた人間は、まもなく多くの職をコンピュータにしてもらうようになるとか。
人手はどこに求められるのでしょう。
自分の手でできることを大切にしたいな。
私に少しでも連絡をくれる人たちを大切にしたいな。
コンピュータが私たちの揺れる心を読んだとしても、結論を出したいコンピュータは戸惑い続けることはできないでしょう。
そんなとりとめもない話ができたのは、今日の夕食が出前だったからでしょうか。
後片付けもいらない。
突然の出費も、ま、いっか。
今どきのデータからは、イレギュラー判定になりそうな家族は、全一致で「やさしいのがいいね。」
日本ブログ村に参加しています。
日常がいい時間になりますように。
よろしく お願いします。
↓ ↓ ↓
にほんブログ村
にほんブログ村
あちらこちらで炎上しているというこの話題にほとんど情報を持たないで、参加するのは避けようと思っています。
夕食のテーブルでの会話は、私たちテレビっ子と言われた世代が、どんな番組を楽しんだのか。
情報誌を頼りに名画座で映画を見て、原作を読む派か読まない派かを話したとか。
本が映画化されたら映画を見るか、見ないかとか真剣に話したとか。
そのあと、いじめがどんなことだったのかとか。
「ヒエラルキー」というか、小分け主義とでもいうか、そんなことを話しました。
家族ですから、「昔はね」も「今はね」も気にせず話せます。
普段は女子トークを黙って聞いているだけの夫ですが、今日はちょっと参加。
夫は東京の端っこ生まれ、私は千葉県の端っこ生まれ。
シニア世代で東京と近県では子供時代の変化がかなり違うはずなのですが、同じ言葉。
「面倒なことも多かったけれど、昔はみんな優しかったね。」
昔の面倒は、ちっちゃなことをやらかしても、近所中に叱られる。
大人は面倒だから、悪いことはしないし、人を気遣うとほめてもらえるというより、大人も一緒に嬉しい顔をしてくれました。
少なくとも夫と私の小学校時代の共通した環境は、席替えはほぼ担任の先生が決めました。
成績のいい子の周囲に成績が振るわない子が配置されました。
成績のいい子が振るわない子の学習に遊びと同様に付き合いました。
成績の良し悪しが結構重要だったのは、高校受験だけだったので、成績で友達は決まらなかったような気がします。
級友との関係性の距離感は、今より遠かったから、深く入り込みすぎないので、思春期のような難しい時期も何とか均衡を保ちながらいられたのかもしれません。
地方にも東京からやってきた成績が日常的に人を判断する条件に組み込まれるような雰囲気が生まれたた受験戦争時代に、少し変わったような気がしました。
今は…
一日という時間が終わることがないようですね。
ちょうど思春期少し前にスマホを持つようになり、そこにはいつでも友達がいます。
いつでも誰かの目や言葉が目玉お化けのように傍にいます。
怖いし、疲れるだろうな。
私たちは、「さようなら、またあした。」は、本当に「またあした。」でした。
大喧嘩をしても、必然的にいや~な気持ちで寝て、眠れないといいながら、やっぱり眠って、結果的にクーリングダウンしていました。
人との距離感、仕事の範疇、どれも広いグレーゾーンを持っていて、グレーのスペースはある意味共有可能スペースだったのですね。
作家が好きだと、映画で変わってしまうのが嫌だから、映画を見ないという友達も多くいました。
作家がすきだけれど、映画化された本はまだ読んでいないから、映画を見てしまった。
原作を読もうかどうしようか。
見る側はそんな気持ちでした。
きっと、作る側の方たちも映画頼りにならずに、作家のメッセージを受け取ってほしいから、本を読んで!だったことでしょう。
映画は、原作を映画としてどのように最小限の差で最大限の作品にするのかを考えていくださったような気がします。
作品への思いは未熟な若者とか、知識の有無とかにかかわらず、興行収入を上げるためだけではないものを与えてくださったことは感じていました。
もっとも、お金のなかった学生は授業をエスケープして、居場所のためだけに名画座で過ごしていたのも事実。
映画界を描いた「鎌田行進曲」の空気感は色々なところで感じたような気がします。
脳科学的には、脳の大好物が新しい情報だとか。
新しい情報が高評価されると、脳はとても嬉しい。
SNSは脳が喜べる最高の餌らしいです。
フェイクの情報だって、新しい情報なら脳は嬉しいのだそうです。
いったいコンピューターと人間は、どんな風に共存していくのでしょう。
コンピュータが脳を喜ばせ、忙しくなりすぎた人間は、まもなく多くの職をコンピュータにしてもらうようになるとか。
人手はどこに求められるのでしょう。
自分の手でできることを大切にしたいな。
私に少しでも連絡をくれる人たちを大切にしたいな。
コンピュータが私たちの揺れる心を読んだとしても、結論を出したいコンピュータは戸惑い続けることはできないでしょう。
そんなとりとめもない話ができたのは、今日の夕食が出前だったからでしょうか。
後片付けもいらない。
突然の出費も、ま、いっか。
今どきのデータからは、イレギュラー判定になりそうな家族は、全一致で「やさしいのがいいね。」
日本ブログ村に参加しています。
日常がいい時間になりますように。
よろしく お願いします。
↓ ↓ ↓
にほんブログ村
にほんブログ村