今日は、とても楽しみなのに、ちょっと切ない日。
仲良し3人組。
私ともう一人(Mちゃん)は小学校からクラスがよく一緒になり、中学も。
そして、高校では3年間同じクラス。
高校1年から加わったもう一人(Tちゃん)。
ずっとすぐに集まれるところに住んでいるので、毎月定例でランチ。
2018年、Mちゃんは突然膵臓がんと告知され、私たちに連絡がきたのがその月=5月、そして、6月に会いにいき、8月には逝ってしまいました。
2018年、この年は1月に大学のクラブの仲間が逝き、5月に実父、8月がMちゃん、父の49日法要には元気にきてくれたのに父方の伯母も。身近な人たちが、あっという間でした。
Tちゃんと、「二人で会うのは寂しいけれどまた会おう」と言ったのが、秋Mちゃんの散骨の日。
Mちゃんは海洋散骨で、身内の方だけの式を希望したようなのですが、Tちゃんと私を同席させるように残してくれました。
最後に会った6月、
”お墓は。。。ネ、重いでしょう。” と言っていました。
生きている私たちは、お墓の前で手を合わせたい。
寂しさをそこで何とか収められるのでしょう。
親を亡くしてから、お墓やお仏壇の前で手を合わせたくなる気持ちがとてもよくわかるようになりました。
船が海に向かった場所には行けますが、手を合わせる場所が無い。。。
Tちゃんと私が選んだ場所は、迷わず、三人の定例ランチ会のお店。
けれど、そのお店もコロナ禍の影響で閉店していました。
あのお店で最後に一緒に食べたのが2018年の2月。
その日は久しぶりに、ランチ会の日程が合わず、間が空いた月でした。
あれから5年ぶり。
Tちゃんと一緒にMちゃんに会いに行った日。
特にそれを意識したのではないけれど、急に二人で会うことが決まりました。
二人で会おう。
やっと、あえるね。
Tちゃんも私と同じ思いだった。
会って同時に同じ言葉が出てきました。
切ないね。
この言葉のあとは、留まることをしらないおばさんトーク。
男の子3人を育てたTちゃん
5年のうちに長男が結婚したとのこと。
知らなかった。。。
コロナ禍で結婚式はなかったそうで。
娘の体調をずっと気にしていてくれたMちゃんとTちゃん。
人並みになってきたことを報告できました。
Tちゃんと私の新たな定例会は、多分今日行ったお店。
シンガポール料理。
ランチビュッフェをリーズナブルな価格でいただけました。
久しぶりに会えたことで、美味しいお料理はペロリと平らげ、写真を撮りそこなってしまいました。
デザートは小さな可愛いケーキや、フルーツ。
ジャスミン茶と相性がいいスイーツでした。
亡き母の手に二度と触れることができない、声を聞くことができない、それを20年以上たっても寂しく思います。
一方で、母は自分の気が向いたときに、いつでもそばに来ているような気もします。
Tちゃんと私の二人だけのランチのようでも、Mちゃんが来ていないはずはないようです。
この頃、私を覆ってしまうのではないかと思うほど抱えすぎていた色々なことが、ふ~っと離れてくれました。
40歳前半で乳がん治療をしたTちゃん、後半で治療をした私。
そして、あっという間に膵臓癌で友を失った私たち。
さようならの言葉と一緒に、
じゃあ、元気でね。
死なないでよ。元気にしててよ。
やっぱり、二人が同じことを言いました。
私の母は64歳までこの世に。
Tちゃんのお母さまは94歳、一人暮らし。
Tちゃんを一人にしないように、私もあと30年は元気に生きることにします。
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2023年 飽きっぽい私の目標は続けること
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私ともう一人(Mちゃん)は小学校からクラスがよく一緒になり、中学も。
そして、高校では3年間同じクラス。
高校1年から加わったもう一人(Tちゃん)。
ずっとすぐに集まれるところに住んでいるので、毎月定例でランチ。
2018年、Mちゃんは突然膵臓がんと告知され、私たちに連絡がきたのがその月=5月、そして、6月に会いにいき、8月には逝ってしまいました。
2018年、この年は1月に大学のクラブの仲間が逝き、5月に実父、8月がMちゃん、父の49日法要には元気にきてくれたのに父方の伯母も。身近な人たちが、あっという間でした。
Tちゃんと、「二人で会うのは寂しいけれどまた会おう」と言ったのが、秋Mちゃんの散骨の日。
Mちゃんは海洋散骨で、身内の方だけの式を希望したようなのですが、Tちゃんと私を同席させるように残してくれました。
最後に会った6月、
”お墓は。。。ネ、重いでしょう。” と言っていました。
生きている私たちは、お墓の前で手を合わせたい。
寂しさをそこで何とか収められるのでしょう。
親を亡くしてから、お墓やお仏壇の前で手を合わせたくなる気持ちがとてもよくわかるようになりました。
船が海に向かった場所には行けますが、手を合わせる場所が無い。。。
Tちゃんと私が選んだ場所は、迷わず、三人の定例ランチ会のお店。
けれど、そのお店もコロナ禍の影響で閉店していました。
あのお店で最後に一緒に食べたのが2018年の2月。
その日は久しぶりに、ランチ会の日程が合わず、間が空いた月でした。
あれから5年ぶり。
Tちゃんと一緒にMちゃんに会いに行った日。
特にそれを意識したのではないけれど、急に二人で会うことが決まりました。
二人で会おう。
やっと、あえるね。
Tちゃんも私と同じ思いだった。
会って同時に同じ言葉が出てきました。
切ないね。
この言葉のあとは、留まることをしらないおばさんトーク。
男の子3人を育てたTちゃん
5年のうちに長男が結婚したとのこと。
知らなかった。。。
コロナ禍で結婚式はなかったそうで。
娘の体調をずっと気にしていてくれたMちゃんとTちゃん。
人並みになってきたことを報告できました。
Tちゃんと私の新たな定例会は、多分今日行ったお店。
シンガポール料理。
ランチビュッフェをリーズナブルな価格でいただけました。
久しぶりに会えたことで、美味しいお料理はペロリと平らげ、写真を撮りそこなってしまいました。
デザートは小さな可愛いケーキや、フルーツ。
ジャスミン茶と相性がいいスイーツでした。
亡き母の手に二度と触れることができない、声を聞くことができない、それを20年以上たっても寂しく思います。
一方で、母は自分の気が向いたときに、いつでもそばに来ているような気もします。
Tちゃんと私の二人だけのランチのようでも、Mちゃんが来ていないはずはないようです。
この頃、私を覆ってしまうのではないかと思うほど抱えすぎていた色々なことが、ふ~っと離れてくれました。
40歳前半で乳がん治療をしたTちゃん、後半で治療をした私。
そして、あっという間に膵臓癌で友を失った私たち。
さようならの言葉と一緒に、
じゃあ、元気でね。
死なないでよ。元気にしててよ。
やっぱり、二人が同じことを言いました。
私の母は64歳までこの世に。
Tちゃんのお母さまは94歳、一人暮らし。
Tちゃんを一人にしないように、私もあと30年は元気に生きることにします。
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