シニアのブログーQue sera sera

遅い結婚、遅い出産、当然娘はまだ同居。 シニアといっても、母と妻も適当ではありながら、一応現役。 日本語講師として、フリーランスで細々と仕事を継続中。 年金と少しの収入ですが、日常を少しでも「いい感じ」に過ごしたいと笑ったり、怒ったりを書いています。 萎えず、気張らず、刹那的と言われても、いい時間を大切に。 ごくごくありふれた日常ですが、立ち寄っていただければ嬉しいです。

2023年02月

ごちそうさまでした。

今日のオンライン授業の最後は18:30~20:00
夫の在宅終業が17:00
娘も課題終了が19:00頃

いつもは20:00終了と同時に夕食の準備になります。
下ごしらえができている時はいいのですが、そうでないときは大慌て
全員空腹Max!

今日は授業をしている最中にどうしたことかいい匂いがキッチンから。。。
お腹がグーグー(´∀`)

先日夫が仕込んでくれたミートソースを冷凍したので、解凍しておいたら、夫が温めて麺ゆでのお湯を沸かしてくれていました。

私の仕事が終わると娘が麵茹で

できたよ~

何て幸せ!!
娘が、「元気になってるって気がする。今日はご機嫌」と嬉しそう。

が、しかし。。。

気づけば、どうした?おとうさん。。。

今日は朝から、口を開くと嫌みな物言いばかり。
それが止まらなくなってしまったらしく、何度娘と私にダメ出しされたことでしょう。

分かっているんです。
ずっと抱えているとんでもない、実家のトラブル。
非常識すぎる状況。
私を一切関わらないように、娘にも火の粉がかからぬように。

今朝、まだもう少しだけベッドの中にと思っていた夫の携帯からコール音。

もしもし
。。。
もしもし
。。。あ~~まちがっちゃった
ごめん

って、電話を切られても。。。

なんでおじいちゃんがこんな時間に携帯を触っているの?
まちがったのではないはず
何かある。。。
という、悪い目の覚め方をしてしまった夫。

それでなくとも、ずっと夫が抱えてきたトラブル。
解決しそうになると、またもややり直し

ごめんと言いながら嫌みが口からついて出てきてしまう。
もう、過去に留まって前に進めない世界に一旦「さようなら」をしてもいいかも。
おとうさんは、十二分に気持ちも、時間も、体力も、知恵も費やしてきました。

風が冬を吹き飛ばしてくれるような今日。
青空は夫の心には広がってくれない様子。

明るくなった娘と、笑っていましょう。
笑い声が夫の心に届くように。



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卯年の娘は今年で二回りめ

難産に入ると思います。
まる二日がかり
朝6時 破水して起床
病院に連絡⇒来院してください。
そのころ残業続きの夫でしたが、容赦なくたたき起こし、車で病院へ。

陣痛は波のように来ると聞いていたのですが
ず~っと痛いのだけれど、波は無し。
高齢、初産、身内に女性の付き添い無し
ニュースで報じられるほど産婦人科医が不足の時代でした。
しかも8か月に入った頃、主治医がスキーで骨折、主治医無し。
孤高の妊婦(´∀`*)になる決心。

即入院⇒夜になっても陣痛が10分にはならない
多少の波のようなものはあったような気もするのですが。
何だか助産婦さんがイライラしていたのだけを覚えています。

不安。。。

一日中一度もDr.の回診はなく(そんなものなのかしら?)

朝、貫徹⇒夜
蘭を小花のようにあしらった壁紙が、蘭と分かっているのにムンクの叫びの絵にしか見えなかったのです。
前日から、何人かの妊婦さんを分娩室に送りました。
不織布の病衣がボロボロになるほど、夫は腰をさすっていてくれました。
出産後、腰がヒリヒリするので、触ってみたら皮が。。。
摩擦熱で火傷していました。

夫はずっと病院の待合室と陣痛室を往復していてくれたようです。

この日も貫徹⇒早朝に分娩室へ

朝病院の起床のチャイムと同時に娘はこの世を見ました。

24年前、10か月もの窮屈なお腹の中の生活から解放されることを楽しみに待っていたのでしょうね。
2日もかけて生まれました。自力で。すごいな~。

今年の誕生日まで、頭痛を根本から直そうと、自律神経、メンタルの果てそうなこととも向かいながら、今日は解放を信じられる誕生日になったようです。

24年前のこの日は、異常気象と酷い春の嵐。
今年は、ずっと寒さが抜けなかったのだけれど、日本全国青空だとか。

Happy Birthday

いい年が今日からはじまりました!




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ある日、なくなったんです。
結婚以来、いつの間にか習慣のようになっていた、毎晩夫が当たり前に淹れてくれた夕食後の一杯のコーヒー。
特に喧嘩をしたのでもなく、何が変わったわけでもなく。と、思っていました。
夫はコーヒーも買ってきてくれていたので、豆が切れたのだろうと。
けれど、豆は定位置にあるし、フィルターもある。

夫のコーヒーがなくなって、何年も過ぎました。

そして、昨年からまたコーヒーが復活しました。
それも夕食後だけではなく、私の仕事のタイミングまで気にしてくれます。

淹れてくれなくなっても、淹れてくれることが再開しても、夫はコーヒー無しの空白の期間をどう思っているのか、何も思っていないのか。。。

癌がわかる少し前からだったかもしれません。

長い闘病生活を終えて、会社に復帰しても以前の夫とは変わってしまいました。
今でも平らになって寝ることはできません。
食生活も普段の生活も全部変わってしまったのですから、私のコーヒーなんて頭に浮かぶことすらなくとも当然と理解しているつもりでしたが、それは、時間が流れなくなったことのように寂しいことでもありました。

その寂しさにも慣れ、チャチャッと丁寧の欠片もないようなコーヒーメーカーでのコーヒーが続きました。

今、仕事が一段落した私にコーヒーが待っています。

もしかしたら、味はコーヒーメーカーの方が安定するのかもしれませんが、やはり、お湯をゆっくり落とす、豆が膨らむのを見る。。。そんな作業がコーヒーを優しくするような気がします。

このブログの見出しフォトはそんな穏やかさが続いてくれること、元気が一番!という思い。
そういうことなのです。

みなさんの夜も穏やかな夜でありますように。


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どっか~ン

というご飯は、食が細かった娘や夫との生活だとほとんどありません。
テーブルが重そう、と思うのはお鍋やおでんの時くらい。

昨夜は和食、寒サバの干物、湯豆腐、ほうれん草のおひたし

今日はみんながバラバラに目を覚ましたので、バラバラにおやつみたいなものを口に入れて、お昼は土鍋で炊いたお粥。

そういう休日の食事をみんな好きなのだけれど。。。



IMG_4916


山盛りコロッケ!!


アツアツ勝負で、食事の写真をめったに撮らないので、食べ始めのどっか~ンのコロッケ山をまたもや撮り忘れ。
既に、いくつか減っています。

やはり、揚げたては美味しい。

コロッケを3つも4つも食べるのは揚げたてだから。
何十年も前、部活の帰り道に20円のコロッケを食べながら帰った日を思い出しました。

ポテトコロッケを食べながら、カニクリームコロッケをリクエストする家族もどうかと思いますが(´∀`)


ごちそうさまでした


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娘と久しぶりに近くのスーパーに立ち寄った時のことでした。
そのスーパーのエントランスのあたりにはテラスがあり、くつろぐ方も多くいますが、ご老人が何もせずにお一人で座っている姿もよく見かけます。
駅のターミナル近くなので、人通りもそこそこあります。
出入り口の内外に消毒液があります。

買い物を終えて出てきたところで、消毒液からなかなか離れないお婆様がいらっしゃいました。
フットべダル式の消毒スタンドです。
おせっかいな私は、使い方がお分かりにならないのかと、声をかけようとしましたが、ぎりぎりのところで知らないふりをしました。

地味でしたが、品のある格好をなさったお婆様が、バッグからポリ袋を出してスプレーしては消毒液を袋にためようとしていらしたのです。
声をかけようとした私に気づかれたのだと思うのですが、袋をバッグにもどされ、けれども、小さく折りたたんだティシュに消毒液を吹き付けられました。

目を逸らそうとした瞬間の私に、旧知のような笑顔が向けられました。

もしかしたら、失礼ですが認知障害のような症状なのかもしれません。でも、そんな風にはお見受けできませんでした。。。

消毒の必要性は嫌というほど報道され、生理用品を変えない貧困生活をすることになってしまった若い女性の話題も報道されました。色々な支援が考えられました。子育て家庭へ。営業が苦しくなった中小企業へ。非正規雇用の者へ。私も非正規雇用者の給付金をいただいた経験があります。

何とかならないのでしょうか。働けないご老人へのこと。
年金で何とか暮らせると思われた世代が確かにいたのです。
年金が勝手に建物に変わってしまったつけが寂しい眼差しの老人に。。。
その世代が今働けないお歳のご老人なのです。
NISAもIdecoも耳にしたことすらない方も多いでしょう。
「投資はギャンブルみたいで、真面目な人はしないのよ」という方が多かったように感じます。
行き場を失ったご老人はどこへいくのでしょうか。

寂しい目をされた、笑顔がすてきだったんだろうなと思うお婆様。

言葉の多くは現役の方々から生まれることが多いですから、言葉を生み出す世代を悪く言う言葉は生まれないのだと思います。
「害」を付けられた世代に入ったから言うのではないですが、いじめとかハラスメントとかをただのルールとしてとらえるから、こんな切ない言葉を流行語のようにできてしまうのではないかな。。。

肩たたきくらいしかプレゼントできない子供が、「敬老の日」に祖父母の肩たたきをしに行っていた頃がやはり懐かしくなります。経済的にどうだったのかはわからないけれど、温かかった。

大人たちが「害」が表にでないようにするから、そして、そこにはなにか解決できる原因があるのではと思いやり、社会全体で守ったり、叱れなかったりで、「若害」という言葉は、大人の弱さから生まれないだけなのかもしれませんが、自分の考えに固執しすぎて、硬化してしまう老人にならないように努力している老人もたくさんいると思います。

優しすぎる家族に害を覆ってもらって、害だと知ることができない若者も同様にたくさんいるようにも思います。

害はどの世代にも、どんな人にもあるのでしょうけれど、そんな定義づけられない言葉で人は傷つきます。

私には歳を重ねても鮮明に覚えている「害」という言葉の辛さがあります。
父は教員でしたが、田舎の教師界で派閥のようなものがある頃でした。父はその派閥のそこそこいい位置にいたようでした。
中学の担任に私は毎日のように放課後に呼びつけられ、延々訳も分からないお説教というか、今で言えばイジメを受けたことがありました。

「あなたのおとうさんが派閥にいるからって、偉そうにするんじゃない。学級委員をしているからって、何一つできないじゃないか。できないというより、あなたは害です。このクラスの害にしかなってない。」

結局、父の所属していた派閥はひいき目無しに教育に熱心な教師ばかりが自然に仲間として集まっただけの話で、その担任は自分がそこに入れない苛立ちを、私に八つ当たりしていただけだったのですが、そんな辛い言葉なんです。

だから、世代を分けたり、ジェンダーを意識しすぎたり、そんなバカげた意識がなくなって、害なんて世代ネームを付ける不毛な意識がシュワ―ッと消えちゃえばいいのにと思います。

何もできない私が思えることなんて、そんなことくらいなのですが、あまり意味を感じなかった、もう話題にも上らなくなったマスク配布。。。
一回限りのことばかりじゃ、消毒液のスプレーを袋に貯めようとする真面目な方の笑顔は消えるだけなのですよね、きっと。

インフルエンサーになるよりも、何とかしてやる!って。
これも懐古主義者のヒーロー待望論なのでしょうか。

穏やかなスマイル。私の座右の銘、「笑門来福」
そんなことを、一生思っていたいな。




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